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インスリン/シチコリン点眼は角膜を通過できるのか?

結論から述べますと、インスリンは角膜上皮のタイトジャンクション(密着結合)を通過することができません。細胞膜は細胞の内外を隔てるバリアとしての役割を持っていて、核酸などの親水性物質、巨大分子などは細胞膜を直接透過することができません。細胞の恒常性を保つためにはこの機能は非常に重要ですが、細胞内に薬剤を送達しようとする際の障壁となっています。そのため、『正常眼圧緑内障(NTG)治療で処方されるインスリン/シチコリン点眼も角膜は通過することができないのだから治療効果が得られるはずがない』と結論付けるには少し早計で、実際にはインスリン/シチコリン点眼のインスリンは角膜を通過しています。 

緑内障神経再生治療で使用する点眼の成分・分子は、角膜や結膜を通過して房水や硝子体に拡散されて、網膜および視神経乳頭、さらには篩状板とその周辺組織に到達して網膜神経節細胞とグリア細胞、さらには篩状板組織の再生・修復には欠かすことのできないコラーゲン分子を産生する線維芽細胞の再生をさせる必要があります。インスリンとシチコリンが角膜を通過できなければ、神経再生が実現できません。インスリンが角膜を通過する事実を明らかにするためには、以下の3つの仕組みを理解する必要があります。

    1)角膜の構造と役割

    2)インスリン分子量と吸収の仕組み

    3)インスリン吸収促進の工夫〔薬物眼内移行性〕

 

1)角膜の構造と役割

角膜は最表層から、①角膜上皮細胞 ②基底膜 ③ボーマン膜 ④実質層 ⑤デスメ膜 ⑥内皮細胞 の層状構造となっています。角膜上皮細胞は5~7層の重層扁平上皮で、50~80㎛(0.05~0.08mm)の厚みです。外界から細菌や化学物質の侵入を防ぎ、角膜内層を保護する役割を担っています。この層をインスリンが通過すると、眼内を入るまでは比較的容易に拡散しますので、②~⑥の役割につきましては割愛させていただきます。 

角膜の上皮細胞同士は、特定の構造(結合タンパク質)で結合し合っています。5つの結合がありますが、そのうち密着結合(tight junction)とギャップ結合(gap junction)は、溶質(ここではインスリンとシチコリン)が自由に角膜内や眼球内に入ることができないようにバリアの役割をしています。タイトジャンクションは分子量500程度までを通過させ、ギャップジャンクションは分子量1,000程度までを通過させることが分かっています。インスリンの分子量は5,800と大きく、この2つのジャンクションを通過することができないことは、この数字からも明らかです。

 

2)インスリン分子量と吸収の仕組み

インスリンの分子量は5,800ですが、6個の分子が1つのかたまりとなった6量体です。インスリン分子は6個の分子が集まると安定するのです。6量体のインスリンが点眼されると、細胞と細胞の間にある「組織間液(体液、すなわち涙液・鼻汁など)」で希釈されます。組織間液で1万倍以上に希釈されると、まず6量体から2量体(2個の分子)になり始め、さらに単量体(1個の分子)になります。つまり、分子量が5,800の6分の1の約966へと小さくなるわけです。このくらいの大きさになると、血管の中へと入り込める大きさです。しかし、角膜のタイトジャンクションは分子量500以下のものを通過させますから、966ではまだ大きくて通ることができません。

 

3)インスリン吸収促進の工夫〔薬物眼内移行性〕

インスリン/シチコリン点眼は、インスリンを通過させる工夫が施されています。それは、タイトジャンクションの入り口を広げる工夫です。ジャンクションを開口させる分子成分を用いることで関所を広げて、分子量1,000くらいまでの分子が通過できるようにしています。粘稠性のある分子を配合し、涙液でインスリンが2量体、1量体へと素早くなるように、また停滞時間(薬物滞留性、粘性基剤)が長くなる工夫をしています。 

補足ですが、インスリンは水溶性の分子であるため、細胞膜(脂質)を通過できないため経細胞経路(transcellular pathway)はありません。しかし、インスリンシグナルを細胞内に送ることはできます。ほとんどすべての細胞は、インスリン受容体(レセプター)を持っているため、インスリンがレセプターに結合するとインスリンシグナルが発せられて、インスリンの役割を細胞内で果たすことができるのです。インスリン自体は細胞内で拡散することはなく、細胞と細胞の間の通路(傍細胞経路 ; paracellular pathway)で透過していきます。

 

一方で、シチコリンは角膜を通過できるのでしょうか? シチコリンの分子量は488の低分子なので、どのジャンクションも通過することができます。シチコリンには内服薬もありますが、点眼で眼内移行させるほうが、内服の40倍もの高濃度を得ることができます。このように、インスリン/シチコリン点眼は、ただ単にインスリン原液を点眼しているのではなく、確実に眼内に移行させることで、インスリンとシチコリンの細胞再生の効果を最大限に得られるように工夫している点眼薬なのです。

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