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歯周病と全身疾患

歯周病は、歯周病細菌によって発症する感染病で、歯周組織に起こる慢性炎症性疾患です。歯周ポケットの中で、炎症性サイトカインや内毒素(LPS) を大量に発生します。口腔内の嫌気性菌がおもな原因菌で、現在では、生活習慣病の1 つとされています。生活習慣病としては、糖尿病、動脈硬化、狭心症、心筋梗塞、肥満、がんとの関連、さらには、誤嚥性肺炎、心内膜炎、妊娠合併症(胎児の低体重・早産)、バージャー病、骨粗しょう症、非アルコール性脂肪肝疾患、認知症などとの関連も注目されています。また「歯の喪失と歯周病は、緑内障やアルツハイマー病(AD)と関連がある」という報告もあります。

歯周病は、酪酸をつくり、これが血流に乗って脳に入り神経細胞を障害する可能性があります。AD の脳にはジンジパイン(gingipain)というタンパク分解酵素がみられ、これは歯周病菌が生み出しています。口腔内細菌がディスバイオシス(dysbiosis ; 腸内細菌叢の異常) をもたらすことが緑内障に影響するという論文も出ています。

自分の歯で食事をすることは、人生の楽しみであり、健康維持の原点です。生涯にわたり健全な咀しゃく能力を維持し、オーラルフレイルを予防することは、健やかで楽しい生活を過ごすために不可欠なことです。80 歳時に自分の歯を20 歯以上保つ努力をする8020(ハチマル・ニマル) 運動が提唱・推進されています。歯周病は我が国に広く蔓延している国民病であり、成人の約80%が歯周病に罹患しているようです。「風邪は万病の元」といわれますが、現代の万病の元は、歯周病、糖尿病、肥満、メタボリック症候群、動脈硬化あたりが相当するのではないでしょうか。これらの疾患との関連メカニズムについてはこれまで、プラーク中の歯周病原性細菌が炎症により損傷した歯周ポケット上皮から組織内に侵入し、全身循環を介して遠隔組織に影響する。また、歯周炎組織で産生された様々な炎症性サイトカインが全身循環を経由して血管、脂肪組織、肝臓などに持続的かつ軽微な炎症、すなわち慢性炎症を起こすと考えられてきました。しかしながら、歯周病が全身疾患の発症・進行に関与するメカニズムについては、いずれの説も決定的ではなく、依然として不明な点が多いです。

ポルフィロモナス・ジンジバリスを口腔から投与するモデルを用いて、肥満モデルや糖尿病モデルマウスで見られるのと同様、腸内細菌叢の変動により、血中内毒素レベル上昇の報告があります。腸内細菌叢の変化は、動脈硬化症、糖尿病、関節リウマチ、非アルコール性脂肪肝疾患、肥満など、歯周病と関連する疾患のリスクファクターであることが知られます。歯周病菌、歯周病、腸内細菌叢、血中内毒素の因果関係は、合理的な生物学的分子基盤を提供します。歯周病の病態形成は、原因となるプラーク中の歯周病原性細菌およびそれらが産生する代謝産物と宿主の免疫・炎症反応のバランスによりコントロールされています。

歯周病は、歯肉の炎症(歯肉炎) から始まり、進行するにつれて骨の吸収が起こり( 歯周炎)、最終的には歯を失うこともあります。歯周病は歯周組織破壊の有無によって、歯肉炎と歯周炎に分かれます。歯肉炎は、歯周組織破壊のない歯肉に限局した炎症をさします。原因を除去すれば完全治癒します。一方で、歯肉炎が進行すると歯周炎へ移行します。歯周炎は、歯肉上皮付着の破壊・歯槽骨吸収など歯周組織破壊をともなう慢性炎症性疾患です。中等症以下の歯周炎は歯肉炎同様、原因除去で治癒可能ですが、重度の治癒は困難です。

口腔内には、700 種類以上の常在菌が棲息していて、このうち歯周病に関与する細菌は10 ~ 30種類程度です。プラーク1mg 中に細菌は、108 ~109 個も存在します。重度歯周病患者唾液1ml 中には、ポルフィロモナス・ジンジバリス(P-gingivalis) が106 オーダーで含まれるといわれます。ヒトは1 日に1~1.5Lもの唾液を産生し飲み込んでいますが、P-gingivalisが口腔細菌叢に占める比率は0。8%程度です。重度歯周病患者ではP-gingivalis のみで109~1010 オーダー、口腔細菌全体では1012~1013 オーダーの細菌を毎日飲み込んでいることになります。

ディスバイオシス(dysbiosis)状態の病的口腔細菌を毎日大量に飲み込むことで腸内細菌叢もdysbiosis 状態となり、有害物質が増加する状況が継続し、歯周病が関連する全体疾患と腸内細菌叢のdysbiosis が関連する疾患には共通性があります。口腔からP-gingivalis を投与するマウスの実験において、全身的炎症(CRT やIL-6 の上昇)、脂質代謝異常、血管炎症反応、耐糖能異常、インスリン抵抗性などが誘導されることが報告されています。脂肪組織の炎症は、インスリン抵抗性を誘導。また、TNF-α、IL-1β、IL-6 などの炎症性サイトカインも有意に上昇していました。肝臓においても脂肪組織と同様、TNF-α、IL-6 遺伝子発現上昇、さらに、脂肪滴蓄積、中性脂肪の増加が認められました。さらに腸内細菌叢の変化により、腸管バリア機能として重要なタイト結合タンパク質遺伝子発現低下とともに、様々な炎症性サイトカイン遺伝子発現情報とも関連していました。

以上これらをまとめると、いったん飲み込まれた口腔細菌が腸管から再び全身循環に入る可能性が考えられます。腸内細菌叢変動により、同時にタイトジャンクションタンパク質発現低下、血中内毒素上昇が生じます。腸内細菌叢変動は、生活習慣病、そのほか関連疾患のリスクファクターであることは明らかなようです。 

       

   

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