分子シャペロンによる緑内障治療のセオリー
生命活動の万能の担い手であるタンパク質は、アミノ酸が連なった「ひも」状のポリマーである。しかし、タンパク質はひも状の状態では機能することができず、アミノ酸の並び方(配列)に特有のある「かたち(立体構造)」に折れたたむ必要がある。その折れたたみはフォールディングと呼ばれる。タンパク質は、リボソームというタンパク質工場で、産まれてきたばかりのひも状態のままではとても不安定で、周辺に同様の不安定なひも状態のタンパク質があると、それらと絡まりあって凝集してしまう。この凝集しないように働いているのが分子シャペロンというタンパク質になる。様々な生体高分子で混み合っている細胞内において、シャペロンはタンパク質が凝集にならないようにフォールディングを助けている。分子シャペロンの定義は、他のタンパク質のフォールディングを助けるが、自らはその最終成分にならないタンパク質である。タンパク質が産まれてから死に至るまで「タンパク質の一生」のさまざまな過程(膜透過、品質管理、タンパク質分解など)における介添えを分子シャペロンは行なっている。
シャペロンの語源はフランス語で、中世ヨーロッパで頭に着用する布や帽子を意味する単語だった。その後19世紀末頃からイギリスで、家事使用人の上級職をシャペロンと呼ぶようになり、若い未婚の女性に礼儀作法を指南し、社交界にデビューする際にあれこれとお世話(介添え)をする役目をしていた。分子シャペロンがタンパク質の一生を世話している様子は、若きレディーを介添えする役目に重なる。
分子シャペロンの存在意義
生体内の酵素機能の向上や生物として新規の機能の獲得など、タンパク質の分子進化のために多様なタンパク質変異体を準備するために存在すると考えられる。すなわち、生物の進化に役割を持つ分子といえる。
生体防御機構としてのストレスタンパク質の合成は、最初に見つけられた時に与えられたストレスが熱であったために、熱ショックタンパク質(heat shock protein ; HSP)と呼ばれる。熱以外の重金属イオン(水銀、ヒ素、カドミウムなど)やアルコールのような有機化合物、組織損傷、虚血、低酸素、さらにアミノ酸類似体を取り込み、タンパク質への糖付加が阻害されるといった細胞がダメージを受けるストレス下で誘導合成されるタンパク質や、ストレス依存的に発現するものだけでなく平時にも存在するものもあり、これらすべてをまとめてストレスタンパク質あるいはHSPと呼ばれる。
これらは、生体防御機構として働く。1秒間に数万個が生産されるタンパク質の1つ1つを守ろうとするシステムであり、細胞を1個のレベルで生存させようと働くのがストレスタンパク質や分子シャペロンである。
分子シャペロンは、基質がアミノ酸配列によって規定されたネイティブ構造を形成しやすい環境、あるいはその機会を提供するだけでこの部分はヘリックス構造に、この部分はシート構造になりなさいというような働きかけは一切しないというものである。
代表的な分子シャペロン
分子量 | 真正細菌 | 古細菌 | 真核生物 | 機能 |
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10kDa | GroES | Hsp10 | Hsp10 | Hsp60(GroEL)の機能を補助するコシャペロンとして働く |
20-30kDa | GrpE | 無し | HspBファミリー(例:Hsp27(HspB1) ※変異でAD発症促進 | チューブリン脱アセチル化酵素(HDAC6)が活性化増大している神経変性疾患はHDAC阻害剤を投与するとα-チューブリンアセチル化低下が抑制され神経変性疾患は改善する 正常なHSPB1(HSP27)を強く誘導する薬剤はGGAである |
40kDa コシャペロン | DnaJ | Hsp40(ユリアーキオータのみ) | Hsp40 Hsp47 | |
60kDa シャペロン | GroEL | Hsp60 | Hsp60 | タンパク質のフォールディング |
70kDa | DnaK | Hsp70(ユリアーキオータのみ) | HspAファミリー(例:Hsp70、Hsc70、Hsp72、Grp78(BiP)、Hsx70、mtHsp70) | タンパク質のフォールディングに関与し、熱に対する耐性を形成させる。タンパク質のミトコンドリアや葉緑体などへの翻訳後輸送に関与 抗アポトーシス作用、抗炎症作用 |
90kDa | HtpG、C62.5 | 無し | HspCファミリー (例:Hsp90、Grp94) | ステロイド受容体や転写因子などの機能維持に必要 |
100kDa | ClpB、ClpA、ClpX | 無し | Hsp104、Hsp110 | 高温に対する耐性形成に関与 |
Hsp47ファミリー
Hsp47は、コラーゲン特異的な分子シャペロンとして働き、コラーゲンの産生に必須であることが報告されている。HSP47の発現は、その基質であるコラーゲンと常に相関することが知られている。このような特徴から、コラーゲンの異常な蓄積を主な特徴とする各種線維化疾患において、HSP47の抑制を治療に応用する研究がされている。
Hsp60ファミリー
Hsp60(GroEL)はHsp10(GroES)と共役してその機能を発現し、アデノシン三リン酸(ATP)を加水分解した際に生じるエネルギーを利用してタンパク質のフォールディングを補助する。
Hsp70ファミリー
タンパク質が生体膜を透過する際にフォールディングを受けているとかさ高くなり膜の穴を通ることができなくなるためにアンフォールディングされた状態を維持する必要がある。Hsp70ファミリーは膜透過時におけるフォールディングの制御に関与しているが細胞質および核内にはHsp70/Hsc70が、小胞体内にはBiPが、ミトコンドリア内にはmtHsp70がそれぞれ存在してタンパク質の構造を維持している。また、Hsp40はHsp70のコシャペロンとして働くタンパク質として知られる。HSP70は消化管や皮膚など多くの臓器において恒常的に発現していること及び、種々のストレスによってその発現量が増加することが報告されている。また、HSP70は抗細胞死作用や抗炎症作用を持ち、アルコールや紫外線など種々のストレスに対し、細胞を保護することが報告されている。そのため、HSP70誘導剤を医薬品(胃粘膜保護薬など)や化粧品へ応用する研究が行われている。
Hsp90ファミリー
Hsp90にはHsp90αとHsp90βというアイソフォームが存在する。Hsp90αとHsp90βはアミノ酸配列の類似性は高いが、刺激に対する応答性は若干異なる。Hsp90は非ストレス環境下においても細胞内発現量が高く、真正細菌や真核生物において広く発現して分子シャペロンとして機能する。例えばHsp90は細胞内において不活性状態のステロイド受容体と複合体を形成していることが知られており、その機能維持を行っている。また、Hsp90はがんの進展との関連が深く、Hsp90阻害剤は抗がん剤として期待されている。
分子シャペロンは2つのグループに分類できる。 Hsp70などのシャペロンは折りたたまれていないポリペプチドを可溶に保つものと、Hsp60やGroELなどはシャペロニンと呼ばれ、折りたたまれていないポリペプチドを取り込みその高次構造形成を助けるものに分かれる。シャペロンとシャペロニンは混同してしまうが、シャペロンはシャペロン的に機能するタンパク質の総称であり、代表的なものにHsp70/DnaK、Hsp90、Hsp104/ClpB、そしてシャペロニン(GroEL/CCT)などがある。シャペロニンはシャペロンという大きな集団の1つになる。
このように細胞内には様々なシャペロンが存在しており、作用機構も異なるが、基本的な作用は共通だ。シャペロニンはフォールディング途上の不安定なタンパク質が凝集しないようにしている。基質の疎水的アミノ酸領域にシャペロンが結合して凝集を防いでいる。疎水性相互作用(タンパク質中の疎水性アミノ酸は内部に配置されるようになっているが、ある条件下では少しほぐれて部分的に変性した状態になり、疎水領域が外に露出し近くのタンパク質の疎水性領域同士が相互作用して凝集形成をする)が、分子内で起これば自発的・理想的なフォールディングが進行するが、分子間で起こると凝集体形成をしてフォールディングに失敗してしまう。タンパク質のフォールディングは常に凝集体形成の危険と隣り合わせである。
アメリカの生化学者・アンフィンセンは、比較的小さなリボヌクレアーゼAというタンパク質が試験管内で変性した状態から他の因子の助けを必要とすることなく自動で正しく折りたたまれて、さらに活性も回復することを示した。しかし、生理的条件下の細胞は、様々なタンパク質やオルガネラが窮屈に混み合っている。細胞内のタンパク質濃度は300~400mg/dlと見積もられ、ドロドロの状態といってよい濃度である。通勤ラッシュの電車内のような細胞の中で、タンパク質はひとりで折りたたまれるのだろうか?
生理的条件の細胞中では、タンパク質の疎水性領域が露出する状況が多くある。具体的には以下の4つの状況が考えられる。
- リボソームでタンパク質合成がされつつあるとき
- タンパク質がミトコンドリアや小胞体などのオルガネラに輸送されるときに解きほぐされて伸びた状態でオルガネラの膜にある輸送装置を通り抜けるとき
- タンパク質がいくつか集まって複合体をつくるとき、サブユニット同士は疎水性相互 作用で会合している。それぞれのサブユニットが別々に合成されて正しく会合するまで疎水性部分が露出した状態にある
- ストレスを受けたときにタンパク質が部分的に変性して疎水性領域が露出することになる
こうした状況から、タンパク質の疎水性領域が表面に露出することが多い状況下で、疎水性相互作用によって凝集体ができるようになると細胞にとっては一大事となる。そこで、タンパク質の折りたたみや複合体形成には何らかの手助けをする補助因子が必要となる。これが分子シャペロンの概念である。
アンフィンセンのドグマ「アミノ酸配列さえ決まれば(タンパク質の一次構造)、天然型立体構造は一義に決定する」という結論である。具体的には、アミノ酸が連結したポリペプチド鎖は機能を発揮するための特異的な立体構造へと外的因子の補助なしに自発的にフォールディングする、という仮説。天然構造は「熱力学的に最も安定な状態(自由エネルギーが最も良い状態)」とは、どういうことか?
分かりやすい例えは、胎児の姿勢かもしれない。子宮の中で背中を少し丸めて手足も軽く曲げて羊水に浮かぶ状態。これがエネルギー的に最も安定した姿勢・状態で、タンパク質の三次元構造といえるのかもしれない。
分子シャペロンの重要な特徴
- タンパク質が細胞内で生合成され、最適な場所に移動し役割を果たすためには、平常時(非ストレス下の環境)にも発現するストレスタンパク質の重要な機能に分子シャペロンとしての働きがある
- タンパク質の立体構造形成、構造変化、そのサブユニットのアセンブリー(再配列)が必要な時、サブユニット同士や他のタンパク質と間違った相互作用をしないように働く。相手のタンパク質とは一時的に結合(弱い静電的および疎水性相互作用)するだけで、最終的に相手から離れていくことである
- 相手のタンパク質の最終的な立体構造や複合体の構造は、あくまでの一次構造(アミノ酸配列)で決定されるのであって、分子シャペロン自身は最終的に完成されたものには組み込まれないタンパク質で相手に影響を与えない
すなわち、分子シャペロンは「タンパク質の一生」を全うする様々な過程(膜透過/品質管理/分解など)における〝介添えタンパク質〟全般を指す概念として使用される。分子シャペロンは異常タンパク質が産生されないようにタンパク質の介添えをしながら、さらに、誤ってつくられた異常タンパク質を四次構造の〝正常タンパク質〟に修復・復活させる。加えて、分子シャペロンは、細胞内・細胞外・血液中にも存在し、異常タンパク質を選択的に分解する極めて重要な分子である。
HSPsの様々な分子シャペロン機能
- 新生ポリペプチド鎖に結合して、その正しい折りたたみを助ける
- ミトコンドリアなどのオルガネラへのタンパク質輸送に関与する
- 小胞体でのタンパク質の管理
- 未熟なサブユニットタンパク質に結合し、その正しい複合体形成を助ける
- ストレスによるタンパク質の変性を抑制し、再折りたたみを促進する
- 変性タンパク質の凝集体形成を抑制し、ときには凝集体を解きほぐすことができる
- 修復不能なタンパク質の分解を助ける
- 細胞内で分解されるペプチドをシャペロンして抗原提示を促進する
- 細胞外に分泌され、危険信号として免疫系を活性化する
このように、分子シャペロンはタンパク質の一生(生成から分解まで)の過程に関わっており、多くの細胞機能を制御している。また、ストレスを受けたときには生体防御機構として働く。よって分子シャペロンは細胞内防御因子であるといえる。
分子シャペロンの働きで細胞内に異常タンパク質が蓄積しないようにコントロールされていることから、分子シャペロンによってタンパク質の恒常性維持がなされている。HSPsの持つ分子シャペロン機能が細胞や生体にとって有益な効果を示す。